Don't Touch! 3

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 厄介だ。
 生きていくうえで、この上なく厄介でメンドーでどうにかして失くしたい能力。
 触れている人の見られたくない、覗かれたくない部分、誰にも聞こえないはずのココロノ声が、私には聞こえてしまうのだ。
 頭の中の扉を閉じると、他人の意識が入り込んでくるのをなんとかシャットアウトすることができる。だけど、それも自分でコントロールするには難しいんだけど。
 とにかく、表面上ヒツジのふりした先輩も、結局はオオカミで。
 そんなことはよくある話だ。
 何度もそんなことに直面してきたけど、こればっかりは慣れるということがない。
 おかげで私は重度の人間不信で、できるだけ人とのお付き合いを避けてきた。
 ……はずだった、つい、半年前までは。

 無理やりに先輩に手を引っぱられるように、彼らの前を通り過ぎようとすると、バスケットボールを川島くんに渡した北原が、先輩の手を掴んだ。

「なんだよ」
「彼女、離してあげて下さい」
「随分偉そうだな。お前ら、付き合ってないなら関係ないだろ」
「いいえ。ウチの大事な部長を泣かされるのは困ります」

 泣く、という言葉に反応したのか、先輩がこっちを向いた。
 私は演技派女優なんかじゃないけど、びっくりするほどタイミングよく涙がひとつ、ぽろりとこぼれる。
 そんな私に狼狽する先輩は、とたんに腕を離してくれた。

「結局、そういうことなんだろ。くそっ」

 そう言い捨てると、ついさっきまでの柔らかな表情も、はにかむ笑顔もどこへやら。
 私たちを睨みつけて、どこかおずおずとしながら先輩は私たちに背を向けた。

「ったくよー、しおり、オマエ、甘すぎんの。つーか、超鈍感」

 先輩の背中が遠くなった所で、イッコ下の一年生、そして我が園芸部会計係、川島貴文(かわしま たかふみ)が160センチに満たない私と同じ高さにある、得意の三白眼で私を見る。

「だって……」
「オイっ! 馬鹿、もう泣くなよ」
「だって……!」

 人相学的に三白眼は不幸だとかいうらしいけど、そんな目をしてる川島くんでも、そばにいてくれるだけで、緊張感がほぐれて力が抜けた。
 慌てふためきながらも、一生懸命私の涙を止めようとしてくれる。
 だけど、涙腺の防波堤から溢れた涙が、じわりと睫毛を濡らした。

「自業自得」

 半ば呆れたような、だけど感情のあまりこもってない声色が、私の別の感情の琴線に触れ、あっという間に涙が引っ込んだ。
 見上げれば、いつものごとく、冷酷無慈無残非常な威圧感たっぷりの視線で見下される。
 コイツの名は北原伊吹(きたはら いぶき)、いつまでもどこまでも、私を不愉快にすることを趣味とする奇特人物。その端正な顔つきが、冷たさを増長させている。
 できれば一緒にいたくない相手なのに、どういうわけか園芸部副部長。
 私たちには、幼い頃、私のこの厄介な能力で彼を傷つけてしまったという経緯があって(当時の私はそれがイイコトだと思ってやったんだけど)、まるでその腹いせとばかり北原は私をいじめてる気がする。
 ついでに、学校内で私の厄介な能力の存在を知っているのは、この北原と彼のイトコでもある保健室の先生、ホリちゃんこと堀口都子(ほりぐち みやこ)先生だけだ。

「いい加減、どうなるか考えろよ」
「伊吹の言うとおり。しおり、これで3回目だぞ」
「う……ごめんなさい」

 ふたりの的を射たお説教に、私は不本意ながらも一応謝っておく。
 北原はそれっきり口を開かないけど、川島くんのお説教は懇々と続く。
 彼は、一年生だけど、本当は私たちと同じ歳で、高校浪人してこの学校に入学した。夏休みに私と北原は、危うく彼に殺されそうになったんだけど(本人にそのつもりはなかったみたい)今はこうしていつも北原と行動を共にしてるようだ。
 もともと、このふたりは他の生徒たちと一線画した存在で友達もいなかったみたいだし、必然とそうなったのかもしれない。
 なんていうか。
 そのふたりが、私の横に居るのはちょっと癪だけど。
 でも、能力のせいとは言え、誰にも心を開きたくないと表面上クラスメイトに笑顔を見せてた私も、彼らと同類なんじゃないかと思う。
 居心地は、悪くない。

「このまえは三年の上野だろ、その前は二年の原田、そして、今回は三年の江本。どれもタイプが違うし、イマイチだったけど、江本は最悪だったな。しおりもさぁ、呼び出された時点で断れよな」
「だって、別にこういうことじゃないかもしれないじゃない」
「知らねぇヤツに呼び出されて、こういうことじゃないとしたら何なんだよ」
「………」

 それがわからないから、こうして呼び出し現場に出てくるんだけど。
 なんだかそこか馬鹿だとか言われそうで、私は口を噤む。
 だけど、川島くんの言うとおり。
 夏休みが終わってから、どういうわけか毎月のように付き合いたいと告白されている。
 ………。
 フツーの女子なら喜ぶべき状況なのかもしれないし、同じクラスの誰かさんならきっと、とっかえひっかえ付き合っちゃうのかなぁとも思う。
 私はそんな器用なことはできないし、何よりなんにも知らない誰かに告白されて、いきなり付き合っちゃおうなんて思える人の気が知れない。
 臆病だと笑われるかもしれないけど、例えばさっきの先輩みたいに、あんな声が聞こえてしまったら幻滅しちゃうし。
 それで即刻別れて、そしてまた誰かと付き合って……なんてことを繰り返したら、私に対して妙な誤解をされるに違いない。

「しおりと伊吹さぁ、早くお前ら付き合えよ」
「へ!?」

 川島くんの発言に、私は目を丸くした。
 私の横にいる北原は、偉そうに腕を組んで川島くんを見下ろしてるけど、特に表情の変化はない。
 こんな私たちを交互に見ながら、川島くんは溜息をついた。

「見てるこっちがイライラするっ」

 三白眼をますます吊り上げて、いっと白い歯を食いしばって私たちを睨みつける。

「だいたい、お前らがそうやってはっきりしないからなぁっ」
「伊吹ーっ!」

 話を続けようとした川島くんは、背後から聞こえた女子の声にゆっくり振り返る。
 そして、私も北原も、その声の主に視線を向けた。

「もう、こんなところにいたんだ。今日一緒に帰ろうって約束したじゃない」

 息を弾ませてやってきた彼女は、北原の前に来るなり、彼の手を掴んで腕を絡める。

 な、に、そ、れッ!

 思わず私は唖然としてその絡められた腕を見た。
 そして彼女の顔を見ると、薄化粧ながらも目元だけはバッチリメイクをほどこされた可愛い小顔に、女ながらドキッとした。
 彼女は私に微笑んでみせると、次の瞬間、決して私なんかができるはずもない潤んだ瞳で物欲しそうに北原を見上げる。
 ゆるくパーマのかかったロングヘアが静かに揺れた。

「あぁ、もう帰るよ」

 え、え? えぇッ!?
 その返事をしたのは北原だ。
 それも、あまりにも普通に、ごく当たり前な感じで。
 彼女に視線を返す北原は、例の冷たい表情じゃなくて、なんていうか……。
 衝撃的な瞬間に立ち会ってしまった気がして、私の頭の中は真っ白、いや、違う。
 私は目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。


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