Don't Touch! 3

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「はぁーっ……」

 久々に数学のテストで有り得ない一桁台の点数を取ってしまった私は、みっちりと補習を受けて教室で夜を迎えてしまった。
 正確にいうと、補習はもうちょっと前に終わったんだけど、その後、ケータイとにらめっこしてるうちに、いつの間にか日も暮れていた。
 ディスプレイには修学旅行で訪れた動物園のペンギンが、愛くるしいポーズで歩く姿が写し出されてる。

「あの時のは、結局なんだったんだろうね」

 ダルイ身体も頭も、机の上に投げ出して、真っ暗な教室の中、独り言をぽつりとつぶやいた。
 そして思い出すのは、北原に抱き止められた時、聞いてしまった言葉。

『ずっと……ここに、一緒にいたい』

 北原は、私が触れた人の心が聞こえてしまうことを知っているのだ。
 だから、私に向かって言ってる言葉なんかじゃないと思った。
 獣医になりたい北原が、ずっとあの動物園にいたいと思ったと勝手に解釈したのだけれど。
 でも今ここに、勘違いしたい私がいる。
 昨日、香奈は、北原本人に真相を確かめた方がいいと言ったあと、強引に私からケータイを奪うと、勝手に北原の番号とアドレスを登録してくれた。
 私はさっきからずっと、アドレス帳を開いては閉じてを繰り返している。

「もう、今日は帰ろう」

 ケータイを閉じてカバンを持とうとした時、教室のドアが開き、明かりが点けられた。
 暗い状況に慣れていた私の視界は、一瞬ホワイトアウトする。

「ここにいたのか」

 数回瞬きをして顔を上げると、北原がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。
 何で……?
 動揺した私は、意味なく首をかしげて立ち上がり、いつもならポケットにしまうケータイをかばんの中に適当に放り込んだ。

「帰った形跡はないし、温室にも来ないし。探した」
「帰るね」

 そばにきた北原に言えたのは、その一言だった。
 一刻も早くここから逃げ出したい。

「桜井」

 北原に背を向けたところで、呼び止められる。

「何があったんだよ。園芸部の活動はいつの間にか早朝になってるみたいだし。部長がそんなんじゃ、俺たち困るんだけど?」
「別にそういうわけじゃないわよ。ただ、時間が空いてるのが朝だったから行っただけよ」
「へぇ」

 振り返ってどうにか言い訳すると、北原のことを睨んでから顔を背けた。
 北原はいつもどおり、無表情で冷たすぎる視線をこっちに向けていた。
 そうだ、私たちって、前もこんな感じだったはずだ。
 でも、危ういバランスは、何かがズレてしまうことで簡単に崩れてしまう。

「じゃあ、俺のことは、意図的に避けてるのか」

 ふと、息がつまりそうになった。
 胸の奥が鷲掴みにされたみたいで、苦しい。

「言われたの」

 いつまでも、逃げてても仕方ない。

「え?」

 私は顔をあげて北原を見つめた。

「愛美先輩に、北原と付き合うから、これ以上近づくなって」

 少しでも動揺するだろうと思ったけれど、やっぱり北原は表情ひとつ変えずに、小さく息を吐き出した。

「付き合ってない」
「えっ」
「彼女とは付き合ってないよ」

 あっさりと返された答えに、私は拍子抜けした。

「だって、先輩は付き合うって」
「あれは、向こうが勝手に」
「すごく仲良さそうだったし」
「それは」
「嬉しそうに腕なんか組んじゃって」
「桜井」
「北原だって、楽しそうに笑ってたじゃない」
「あのなぁ……」

 この数週間たまり続けた鬱憤や怒りと共に、言葉が堰を切った。
 北原の言い分をろくに聞こうともせず、思うことをぶつけた私には爽快感よりむしろ、空しさだけが残っていた。

「あやのさんの、妹なんでしょ?」

 彼女の名前に、北原もほんの一瞬目の色を変えた。
 そしてその目を伏せて、大きく溜息を吐く。

「ああ。でも、それだけだ。確かに付き合ってほしいとは言われたけど、俺にその気がないことは愛美さんにも言ってある」
「……ふうん」

 そーなんだ、なんてそっけない返事をしてしまう。
 どうしてかわからないけど、私の中でざわめく雑音は消えてくれない。
 それなら良かった、なんて笑えるカワイイ女の子になりきれない。

「信じないのか」
「別に」
「いい加減にしろよ」

 押し殺したような北原の口調に、彼の顔を見上げた瞬間、強い力で右手首を掴まれた。
 引き寄せられるよりも先に、私は必死で頭の中にあるトビラを閉じる。

「だったら」

 北原は私の手を自分の左胸に押し当てた。
 手のひらに伝わる北原の鼓動。

「俺の中、全部覗いて確かめろよ」
「なっ」

 引き戻そうとする腕を、北原の手が一層強く握り締めてくる。
 見上げると、眉根を寄せて見下ろす瞳が、いつもより悲しそうで。

「痛いっ! 離してよっ!!」

 私は左手に持っていたカバンを北原の顔面めがけて振り回すと、掴まれていた手を振りほどいた。
 左手にヒットした感覚はなかったから、北原は上手くカバンをよけたんだと思う。

「最低」

 思わず口を吐いた言葉が、自分自身にも響いて、私はすぐ教室から飛び出した。
 手首に残る、じりじりとした痺れが痛い。
 階段を駆け下りて玄関につくと、バカみたいに乱れた呼吸を整えるために、何度も大きく呼吸を繰り返した。
 そうしているうちに、目頭に熱いものがこみ上げてくる。

「そんなこと……できるわけ、ないじゃない」

 ばか。
 ちゃんと自分の気持ちを伝えられない私も、大馬鹿。
 こんなことで泣くもんか。
 そう思えば思うほど、次から次へと涙が溢れるのを止めることができなかった。


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