Don't Touch! 3

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「で? 不治の病のカノジョはどちら?」
「えっ!? ちょ、ホリちゃん、それって……」
「あらー、ついに私の千里眼も衰えたのかしらねぇ?」
「千里眼の意味、間違ってると思う」

 遠くを見渡すように、額に手のひらをかざしていたホリちゃんは、私の突っ込みに動きが止まった。
 瞬間。

「チョーップ!」
「いだっ!!」

 その手がそのまま、私の額に直撃する。
 あぁ、もう、この暴力養護教諭め。
 あまりの痛さに額を押さえて顔をしかめると、あくどい表情でホリちゃんはにやりと笑った。

「発作がよく起こるから、俺がついてなきゃダメだなんて、随分なことを言わせたもんねぇ。うふふ、やっぱりしおりは隅に置けないわぁ」
「な、何、ソレ……」
「あら、知らないの?」
「うん」
「伊吹くんの好きな女の子はねぇ、か弱いらしいのよ? どこのお医者様にも治せない病でね、伊吹くんはそばについていてあげなきゃ、心配でしょうがないんですってよ。それがまさか、しおりのことだとはねぇ……」
「………」

 唖然。
 あれから、あやのさんが再び旅立ったのは五日ほど前のこと。
 いつもどおり、保健室にいらっしゃいとホリちゃんに声をかけられて、来てみた途端にいきなりコレだ。

「あの……私、補習が」
「私の知ってるしおりは、そんなのサボるに決まってるわ」

 真顔で、鼻が触れ合うくらい顔を近づけてくるから、私は引きつって笑った。

「あやのがね、ここに来て泣くわけよ。伊吹に振られたのは目に見えてわかったけど。けどねぇ、なんだか話が随分じゃない?」
「あー……それがですねぇ……」

 私は、あの日の放課後起こったことを、一通りホリちゃんに話した。
 あやのさんの前で倒れてしまったことや、それについて、発作じゃないかと心配してくれたことも。

「でも、それが不治の病だとか、北原がどうだとかっていうのは……知らないし」
「ふーん」
「っていうかっ! 北原が、そんなあることのないこと喋ったんじゃないの?」

 そう言ってから、はたして北原がそんな繕った嘘をつくだろうかと、内心首をかしげた。
 じーっとホリちゃんが私の顔を覗き込むから、悪いこともやましいこともしてないのに、逃げ出したくなる。

「な……何?」

 迫力負けして後ずさると、後ろにあったソファに邪魔され、私はそこに倒れるように座り込んだ。
 腰に手をあて、得意の仁王立ちでニヤニヤしながらホリちゃんは私を見下ろした。
 そして、私の額に手をあてる。

「うーん、どうやら恋の病も治ったようねぇ」
「だーかーら」
「ん? また顔が赤くなったけど」
「もうっ!」

 ホリちゃんは、いっと歯を見せて笑うと、机に置かれた湯気の立ち上るカップを手に取り口をつける。
 私はホリちゃんに触られて乱れた前髪を直して、唇を尖らせた。

「それで? もうキスした?」
「えぇっ!?」
「良かった?」
「し、してないっ!! そんなのっ」

 そんなのに良いとか悪いとかあるわけ!?
 何を考えてるのかわからないホリちゃんは、平然としてカップを置くと、腕を組んでにっこり微笑む。

「だって、ちゃんと『お付き合い』始めたんでしょ?」
「………」
「ん?」
「ま、まぁ……たぶん」
「たぶん?」

 私の曖昧な返事に、ホリちゃんは顔をしかめた。

「だって、べつに何が変わったとか、そういうわけじゃないし……」
「え?」
「付き合ってるっていうのかなぁ……こういうの」

 正直なところ、よく、わかんない。
 よし、じゃあこれから付き合います、なんて合図はないわけで。
 お互いの気持ちをなんとなく確認して、ちょっとだけ一緒にいる時間が増えて、ほんのちょっとだけ、北原の表情が柔らかくなっただけで。
 手をつないで一緒に帰るとか、お弁当一緒に食べるとか、放課後の人気のない教室で、ちょっとだけベタベタするとか、想像していた恋人同士の状況なんて、これっぽっちもない。
 点になっていたホリちゃんの目を覗くと、呆れた顔して笑われた。

「ま、急いだってしょうがないものね。ゆっくり、ふたりのペースで愛を育みなさい」
「……は、育むって」
「あ、ベイビーだけは出来ないように気をつけるのよ」
「だからっ、ありえないってば!!」

 ぶるぶる首を振って立ち上がった私に、ホリちゃんは真面目な顔して詰め寄ってくる。

「ありえないってことは無いのよ。だって、付き合うってことは、一緒にいたいってことでしょ。あんたたちくらいの歳の、しかも男と女が一緒にいれば、どうしてもそういう状況になっちゃうこともあるんだから。そのへん、ちゃんとココに止めときなさい」

 左胸を凶器にもなりそうなホリちゃんの長く伸びた爪で突かれても、私は首を横に振った。
 だって、やっぱり、想像できない……?

「………」
「あ、しおり、今想像してるでしょ」
「ちがっ。もうっ、ホントに補習に行くからッ」

 ホリちゃんの笑い声を背に、私はさっさと保健室を後にした。
 ドアを後ろ手に閉めて、大きく息を吐くと、頭を抱えた。

「想像、しちゃった……」

 絶対ありえないと思ってたのに。
 頭の中では、今まで考えられなかった妄想がもくもくと広がっていく。
 上気する顔を両手で覆い、思わずにやけてしまいそうな唇を噛んで、『本物』の北原を思い出す。
 逃げ出したくなるような冷たい目で愛を囁かれても、違う意味で鳥肌が立ちそうだ。
 だいたい、愛なんて囁いてくれそうにない。
 一気に脱力して、魂が抜けるような溜息が出る。

「にやにやしたり、落ち込んだり、気持ち悪いんだけど」

 驚いて声のするほうを見ると、胸の前で腕組してこっちを睨んでる彼女が立っていた。

「愛美先輩……」

 顔を覆っていた両手を離して、どういうわけか背筋を伸ばし、とりあえず私は無理やり笑顔をつくって見せた。


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