Don't Touch!

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2007 Christmas ver. 「Longing for you」 2


 確か、体育館横から温室のほうへ抜けられるドアがあったはずだ。
 理事長の趣味だかなんだか知らないけど、俺は興味がないから行ったことがない。
 その、開け放たれたドアの向こうから、飛び込むように女が現れた。

「あ……」

 前から急ぎ足で来た女が通り過ぎるのを、俺は目で追った。
 間違いない、さっきの、北原の彼女だと思われる人物だ。
 うつむいて、右手で顔を覆って……泣いてた?
 さっきまで中庭にいたはずなのに、待ちきれなくてふたりのあとを追ったのか?
 でも、それならどうして北原は一緒じゃないんだ?

「もしかして」

 俺の勘、かなり外れてるとか、そんなことないよな。
 っていうか、彼女が泣いてここから出てきたことからして、外れてんじゃん。
 嫌な想像が一瞬頭をよぎる。
 いや、だけど、俺はいつでも前向き、ポジティブシンキング。

「おしっ」

 気合を入れてそのドアの向こうへ、新たな彼女のいる生活へ一歩足を踏み入れた。
 だけど情けないかな、すぐさまその足を引っ込め、慌てて俺は自分の姿を壁のこっち側に隠した。

「………」

 信じられないものを見てしまった気がして、俺の心臓がバクバク鳴ってる。
 あの光景は、何だ?
 彼らに気付かれないように、俺は陰からその姿をもう一度確認する。
 俯いて長い髪に隠れた表情はよくわかんないけど、あのシルエットは間違いなく桜井のものだ。
 そして。

「うっそだろ……」

 イスに座り、彼女に顔を埋めて抱きしめてるのは、北原以外の誰でもない。
 並べば優に桜井の頭一個分デカい北原が、華奢な桜井にすがりついて、ヤツを慰めるように桜井の指が北原の頭を撫でている。
 風が吹いて、桜井の顔を隠していた髪が揺れた。

「!」

 女の子は恋するとキレイになる。
 クラスメイトの誰かが言ってた。
 俺は、馬鹿だ。
 恋してる彼女に恋するなんて。
 わかってたんだ、彼女の隣にアイツが現れてから、彼女が変わったこと。
 わかってたはずなのに、惹きつけられて、いつの間にか彼女を追いかけて、目が離せなくなっていた。
 俺が見ちゃいけない顔、好きな人を見つめる優しい瞳、柔らかな表情は、再び彼女の黒髪に隠される。
 さっきまでいた私服の女は、北原に振られたのかもしれないな。
 どういう関係か、俺にはもう想像する気力がないけど、彼女が涙を流す気持ちはよく理解できる。
 今のふたりに、誰かが入れる隙間なんて、ない。
 俺は深い溜息をついて、その場を後にした。
 あぁ、俺、たぶん、他人からみたら魂出てそうな感じなんだろうなぁ。
 失恋って、こんなにダメージ大きかったっけ?
 小学校の時も、中学ん時も、それなりに好きな子はいたと思う。
 だけど、こんな惨めな気分は初めてだ。

「楠木くん」

 誰かが、女の子が俺の名を呼んでる気がした。
 ついに空耳ってやつか。
 相当重症だな。

「楠木くんってば」

 俺は目の前に飛び込んできた小さな陰に立ち止まった。
 噛んでいた唇を解放して、もう一度俺の名前を呼ぶ。

「楠木くん、しっかりして。大丈夫?」
「あ……? 相沢?」

 なんでコイツがここにいるんだ?
 俺が振られるとこ、わざわざ見に来たのかよ。
 ……つーか。

「相沢、予知能力者?」

 彼女は首を振って苦笑した。
 そうだよな、そんなわけない。
 けど、相沢もたぶん、わかってたんだ、あのふたりがこうなることを。

「相沢の言うとおり、行かなきゃよかったんだよな。ごめん、俺、嫌なこと言った」

 こんな俺に、相沢はにっこり笑ってくれた。
 その顔、よく桜井の隣で見たことがある。
 でも、こんなに可愛いなんて気付かなかった。

「私ね、勘違いしてたの」
「え?」
「いつも、楠木くんがこっち見てたから、もしかしたら私のこと見てくれてるのかもって……」

 少し頬を赤らめて、相沢はうつむいた。

「だからさっきは、ちょっとショックで強く言いすぎちゃって、ごめんなさい」

 そう、軽く頭を下げる。
 彼女が顔を上げても、何を言ったのか、一瞬よくわからなかった。
 勘違いって?

「相沢、北原のこと、好きなんだろ?」
「好きだけど。きっと北原くんはしおりちゃんのことが好きで、しおりちゃんだって彼のこと好きになるだろうって、なんとなくそう思っちゃってからは、ただの憧れの存在みたいな感じで」
「そう……なんだ」
「私は、楠木くんのこと見てたんだよ」
「え!?」

 なんだよ、それって。
 俺のこと、見てたって?
 確かに、桜井を目で追ううちに、よく相沢とも目が合ってたけど。
 俺の顔色を伺う相沢が、不安そうにこっちを見上げてる。

「けど、俺」
「待って!」

 俺の言葉を遮って、必死な相沢の声が響いた。

「クリスマスまで待って。クリスマス、また、ちゃんと告白するから、それまで返事しないで」

 真っ直ぐな視線に見据えられて、言おうとした言葉を飲み込んで、俺は頷いた。
 すると、すごく嬉しそうな顔して笑う。

「じゃあ、またね」
「あ、あぁ……」

 相沢は俺に手を振って背を向けると、足早に階段の向こうに姿を消した。
 どうしようもなく惨めだったはずなのに、突然目の前に現れた彼女に、鮮やかな虹色に心の中を塗り替えられたみたいで。

「俺、こんなに惚れっぽかったっけ」

 ついさっきまで、桜井のことだけ考えてたはずなのに。
 振られたから、じゃあ、告白してくれた子と付き合おうなんて、俺、そんなに調子のいい軟派なヤツじゃない。
 でも今は、相沢の笑顔が離れなくて。
 クリスマスまで、まだ時間がある。
 それまでちゃんと気持ちの整理が出来たら。
 だけど、すでにどこかでクリスマスまで待ちきれない俺がいる。


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