Don't Touch! 3

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THUMP X THUMP side Tak


「高校生にもなって動物園かよ? ガキじゃあるまいし」
「だって、川島くん知らないの? 日本で一番すごい動物園なんだよ」
「しおり、なんだよ、その漠然とした形容詞」

 すげー馬鹿っぽいと付け足すと、いつもなら顔を歪ませて軽くヘコむくせに、今日はその修学旅行なんて面倒くせー行事がよっぽど楽しみなのか、一瞬表情を曇らせただけで、すぐに笑顔になる。
 夏休みも終わり、もうあと数日で二年のヤツらは楽しい楽しいご旅行だ。
 部室の無い園芸部は、理事長お気に入りといわれる金のかかったガラスの温室の前で、無駄に集まる。
 だいたい活動なんて、せいぜい花の水遣りくらいしかないこの部に、俺は突然会計係として強制的に入部させられた。
 でも、馬鹿なクラスメイトといるより、たとえ馬鹿でもどうしようもないくらい馬鹿なしおりと、さすがの俺も頭の上がらないほど頭脳明晰な伊吹の一見アンバランスなふたりと一緒にいるほうが、不思議と心地いい。

「海外とか選択肢になかったのかよ?」
「あったよ、シンガポールと沖縄と北海道」
「フツー、シンガポール行かね? 沖縄だってなかなか行けねぇし。一番北海道なんか魅力無いじゃん」
「そうかなぁ、自然がいっぱいって感じがしない? 広大な土地に緑が広がって。食べ物もおいしそうだし」
「ふうん」

 なんだかババァみたいなことを言いやがると思いながら、彼女が持っていた計画表に目を通す。

「そういや、伊吹も北海道だったよな?」
「えぇっ!?」
「アイツも、柄にもなく動物園行くって言ってたぜ」
「冗談でしょ」
「俺も聞いたとき、同じこと言った」

 目を丸くしたしおりは、次の瞬間吹きだして笑った。
 俺も、あのまるで温かみのない瞳を持つ伊吹が動物を見て癒されるなんて想像がつかない。
 百獣の王であるライオンだって、アイツに睨まれたら尻尾を巻いて逃げそうだ。

「じゃあ、私、中庭の水遣りしてくるね」

 そう言うと、しおりは笑顔を残して俺に背を向け、真っ黒な長い髪を揺らして離れていく。
 正直、俺は彼女に初めて会った時から惹かれてたと思う。
 どうしようもない俺が、とんでもないことをしようとした時、しおりの透明で真っ直ぐな瞳に見据えられて、逃げられないと思った。
 同時に、全てを見透かされてしまうような錯覚。
 だから、たぶん、彼女なら俺のことをわかってるんじゃないかと勘違いしたんだろう。
 いや、こんな俺に、あんなひどい目にあわせた俺に手をさしのべてくれたことは、勘違いなんかじゃない。
 だけど。

「な、なにすんだよ!」

 手元にあったしおりの修学旅行日程表を突然奪われて、俺はそのプリントに手を伸ばした。
 見上げれば、いつもの、コイツ。

「なんで川島がこれ持ってるんだ?」
「今、しおりが持ってきたんだよ」

 ふうん、なんて興味なさそうな返事をしながら、プリントを持ったまま伊吹専用の丸イスに座る。
 なんつーか、そのふてぶてしい態度で基本無表情な伊吹のことは、最初はサイテーで嫌なヤツだと思ってたけど、今ではしおり同様、俺のよき理解者だ。
 でもって、決して敵わない最強のライバルだと、俺は一方的に思ってる。

「伊吹も動物園行くんだよな?」
「あぁ」
「そろそろ、ケジメつけとけば?」
「何が」
「しおりとのこと」

 俺は伊吹の隣に用意された、俺専用の丸イスに座る。
 校舎も立派だし、温室だって金かけてるくせに、どういうわけかこのイスは茶色い年代モノ。
 歪んでる俺のイスは、体重のかけ方が変わると、すぐに前後にゆらゆら揺れる。
 不安定なイスの具合をみながら、ふと伊吹の方を見ると、視線だけこっちによこして、黙れと言わんばかりに俺を見下ろしている。
 だけど、かわまず俺は常日頃思っていることを口にした。

「だって、知ってるか? しおり、最近モテるんだぜ」
「………」
「この前も、隣のクラスのヤツに告白されたって相沢が言ってた。ほら、しおりってさ、馬鹿で抜けてんじゃん、このままだとアイツ、いつかヤバイ目に遭うと思うんだよな」
「それも、経験しないとわからないんじゃないか?」
「てか、伊吹はそれでいいのかよ?」

 ………。
 ほら、そうやって核心に触れようとするとすぐ黙る。
 返事をしないなら尚更、コイツの気持ちなんて見え見えなのに、素直に認めようとしないところが腹立つ。

「いーかげん、お前ら付き合えよな。じゃなきゃ、俺だって諦めらんねぇっつーの」

 視線をプリントに戻して、伊吹は何も言葉を返さなかった。
 すっげームカツク。
 余裕ぶちかましたその態度。

「焦ったからって、上手くいくもんじゃないだろ」

 伊吹は俺に日程表を戻してそう言うと、立ち上がって温室内へ入っていった。
 アイツがしおりのことを見てるのは、そばで見ていてよくわかるし、しおりだって、なんだかんだと嫌な顔をしながらも、伊吹の存在を受け入れてるように思う。
 かたや沈着冷静な成績優秀者、かたやお馬鹿な落ちこぼれ、そんなふたりに一体どんな接点があって、怪しい園芸部なんてとこにいるのか、俺にはまったくわからない。
 今まで、俺は自分の思うままの道を進んできた。
 思い通りにならないことも、強引に捻じ曲げてでも貫き通そうとしてきた。
 けど、ふとしたことで失いそうになるものを、守りたいと思ってるのは初めてだ。
 欲しくて手を伸ばそうとして、すべてのバランスが崩れてしまうなら、見てるだけでいいと思ってしまう。
 俺らしくない。
 わかってるけど、思った以上にこの位置が気に入ってしまったんだ。

「伊吹」

 呼んでもやっぱり返事しねぇ。
 俺は立ち上がって温室を覗く。
 ほんのひと時、見るものを楽しませるために咲いた花、終焉を迎え醜い姿へ変化するそいつらを、伊吹はしおりに教えられたとおり、ひとつひとつ丁寧に摘んでいる。
 真剣な顔したコイツに花なんて似あわねぇ。
 俺は隣に立って、まだ燐と咲き誇る名前も知らない花をひとつ、もぎ取った。

「おい」
「そーやって、のん気にして。何かあったって、俺、知らねーぞ」

 んなふうに忠告したって、ただのお節介だってわかってる。
 ぶつけ所のない気持ちを、こうすることでしか消化できない。
 伊吹を睨みつけると、小さく息を吐いて俺の持ってる花を指差した。

「それ」
「なんだよ」
「桜井が咲くの楽しみにしてた花」
「マジで!?」
「知らねーぞ」

 俺の口調を真似して不敵に笑うと、愕然とする俺の横を悠々と通り過ぎていく。

「な、なんでもっと早く言わねぇんだよっ! どーすんだよコレ!!」

 もちろん返事なんか無い。
 しおりが目くじら立てながらも、怒りを口に出せずに頬を引きつらせるのが目に浮かぶ。
 クソ。
 どうして俺はこんな役回りなんだよっ。
 俺はどうにか葉っぱにその花を引っ掛けて、一応それらしくするのに成功した。
 しおりが気付いたら、伊吹のせいにして逃げてやる。
 鈍感なしおりも、そんなしおりに対して余裕綽々の伊吹も、いつまでも見てらんねぇし、歯がゆくてしょうがない。

「マジで、どうなったって知らねぇからな」

 この後、ふたりはそれぞれ北海道へと旅立った。
 頼りない留守番の俺を残して。
 帰ってきたとき、旅行中何かあったのか、しおりの伊吹を見る目が明らかに変わったことに気がついたけど。
 俺が折ってしまった花に気付かないフリをしてくれたように、俺も知らんぷりを決め込むことにした。


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