Don't Touch! 3

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THUMP X THUMP side Kana


「うわーっ、しおりちゃん、来た、来たよぉ、もー、超カワイイんだけど!」

 床から天井まである円柱水槽、マリンウェイの中を、下からゆっくりアザラシが現れ、こっちを向いてまあるいキュートな瞳を数回瞬きさせる。
 一瞬こっちを向いたと思ったのも束の間、その瞳は私の隣にいる彼女を見て、動きを止めた。
 水槽の中に浮かぶアザラシは、まるで空中に浮いているようで、それを見上げている彼女と、視線で会話してるみたい。
 黒のキャスケットから伸びたストレートの黒髪、ジャケットの裾から少しだけ覗いてる白いフリルが意外でカワイイ。タイトなジーンズに足元はバレエシューズという、制服姿とは違って、ちょっと大人っぽい感じの出で立ちで、しおりちゃんがにっこり笑うと、アザラシは丸みを帯びた身体を器用にくねらせて、静かに頭上の水槽へと泳いでいった。

「あー、行っちゃった」

 私はそのアザラシの行方を追って、隣にある大きな水槽のガラスに手をつく。
 こっちにもたくさんのアザラシがいて、ペンギン館と同様、動物たちを見上げたり、同じ目線になって普段見れない角度から彼らを観察することができる。
 それが、この動物園のウリで、お昼近くになると例え平日でも大勢いの人でごった返すと聞いて、みんなで午前中のうちにまわろうという計画を立てた。
 開園と同時に入場して正解、まだ人も少ないし、タイミングがよければちょっとだけ貸切状態にもなれる。
 修学旅行も2日目、本当は6名の班行動をしなきゃいけないんだけど、私としおりちゃんはいつの間にかみんなと離れて、ふたりで園内をまわってる。

「ねぇ、しおりちゃん、こっちも見て」

 楽しくてしょうがなくて、ちょっとだけはしゃいで振り返ると、私は目の前の光景に思わず口を閉じた。

「………」

 マリンウェイのガラスに両手をあてて中を覗きこむしおりちゃん。
 視線の先に浮かんでるアザラシと見つめ合って、本当に、本当におしゃべりしてるみたいだ。
 しおりちゃんのいつもの神経質そうな瞳の色は影を潜め、優しい眼差しで歯をみせて笑う。
 そしてふと、こっちを向いた。

「香奈のこと、可愛いって」
「へっ!?」
「このアザラシ、香奈のことが好きだって」
「……私はアザラシなんかじゃなくて、北原くんがいいのっ」

 冗談だよと笑うしおりちゃんの横で、再び上へ泳いでいくアザラシが私のほうを向いて、目を細めて笑った気がした。
 しおりちゃんには、不思議な力があるんじゃないかなんて思う時がある。
 霊能力とか、超能力とか、そんなんじゃなくって、何かを惹きつける強い力。
 しおりちゃんとこうして親しくなるまで、友達って何か共有するものがあって、同じものが好きで、考え方も似ていて、そういうものじゃなきゃいけないって思ってた。
 私や北原くん、そして、最近園芸部に入ったっていう、一年の川島くん。
 しおりちゃんのまわりにいる私たちに、共通点なんか少ないし、考え方が似てるなんて思えないけど、みんな、彼女に引き寄せられていつの間にかそばにいる。
 学校の温室の植物たちも、しおりちゃんが手をかければ成長が早いって聞くし、今の冗談も、不思議な力で、アザラシと本当におしゃべりしてたんじゃないかって思っちゃう。

「そういえば、北原くんもA班なんだよね?」
「……らしいね」
「ココにも来るって川島くんが言ってたけど、どこかにいないかなぁ」

 ぎょっとしてあたりを見回すしおりちゃん。
 相変わらず彼女にとって北原くんは天敵みたいだけど、私にとって北原くんは理想のヒト☆
 頭も良いし、カッコイイし、背も高いし、低くて柔らかい声も素敵、冷酷な瞳といわれてるけど、そんな背筋がぞわっとしちゃいそうな色っぽい目元も大好き。
 修学旅行はそれぞれのクラスで旅行先が別になっていて、私たちのクラスと、北原くんのクラスは同じ北海道のA班だ。
 会える確率は低いけど、だけど、しおりちゃんの何かを惹きつける(って私が勝手に思ってる)その力で、なんとか北原くんも引き寄せてくれないかなぁ。
 後ろから聞こえた女の子の歓声に思わず振り返ると、同じクラスで付き合ってるふたりが、べたべたしながらはしゃいでる。

「いいなぁ、私も北原くんとあんなふうにデートしたい」

 そうなの? と露骨に嫌な顔をするしおりちゃん。

「少なくとも、あのふたりみたいに『楽しそう』な雰囲気になんてなれないと思うけど」
「そうかなぁ? 北原くんだって、きっと好きな人とだったらあんな感じだよ」

 男子の方、木下くんは、さっきまでの私みたいに、マリンウェイを通過するアザラシを見て声を上げる彼女、松島さんを微笑ましく見守ってる。
 そして、見つめ合って一緒に笑って……。

「しおりちゃん、行こう」
「え? あ、もういいの?」

 目の前でいちゃつかれて、しおりちゃんはなんとも思わないのかなぁ。
 私はわざとらしく溜息をついて、順路を先へ進む。
 地上へ出ると、今まで下から眺めていた水槽を上から覗き込むようになっていて、マリンウェイで見るよりも、アザラシが小さくなったような気がした。

「あれ……」

 少し離れた所で、私たちと同じように水槽を覗いている横顔に、私の目は釘付けになった。

「北原くん!」

 大好きな人の名前を呼ぶ時って、どうしてこんなに嬉しくって切ないんだろう。
 でも、ゆっくりこっちを向いたその人の瞳は、私の姿を通り越して、後ろにいる彼女を見つける。
 それでも、いい。

「あれ? ひとり?」

 まわりにクラスメイトはいないようで、駆け寄って聞いてみる。

「あぁ」

 ヴィンテージっぽいリブ編みのタイトなベージュのジップカーディガンに、中は白いTシャツ。
 黒のパンツのポケットに手を入れたまま、私を見下ろす北原くん。
 やばい、私服の北原くんも思ってたとおりカッコイイ!

「あ、あのっ、しおりちゃんもいるし、もし良かったら一緒にまわりませんか?」

 同い年なのに、緊張して敬語になっちゃう私。
 でもそうやって、上目使いで様子を伺うのが私の精一杯。

「べつに、いいけど」
「ホントですかっ! しおりちゃーん、一緒に行こうよ」
「じゃあ、私はひとりで行くねっ」

 明らかに拒否反応を起こしたしおりちゃんが、ひきつった笑顔で逃げそうになるから、私は彼女の袖をぐっと引っ張った。

「だめっ、しおりちゃんも絶対一緒なの」
「どうしてよっ」
「どうしてもっ」
「………」

 私は北原くんが好きだ。
 本当に大好きだし、もし付き合うなんてことができたら夢みたいだと思う。
 だけど同じくらい、しおりちゃんのことも好き。
 だから私は、自分の叶わない夢を、しおりちゃんが叶えてくれたらって思ってる。
 他の誰かに北原くんを取られちゃうのは絶対許せないけど、しおりちゃんなら納得して諦める。

「じゃあ、次はあっち! しろくま館に行コ!」

 嫌がるしおりちゃんを引っ張りながら、ふたりが目を合わせるところを見ちゃった。
 北原くんが笑って、唇を尖らせたしおりちゃんがちょっとだけ赤くなる。
 悔しいけど、きっともうちょっと。
 たぶん、あと少し、だと思う。


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