Don't Touch!

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 温室の外にある、古びた木の丸イスに座って、私は白い紙片を空に透かしてみていた。
 授業はあと一時間残っていたけど、どうしようもなくコレが気になって抜け出した。
 もう少しでその授業も終わる。
 放課後になる前に、これを解決しなきゃいけないと思っていた。
 あの、散り散りになった、北原の教科書の一部。

「……『のあい』? これ、一体何の教科書だろ」

 眩しい空から緑の地面に視線を戻す。
 だらりと伸ばした両足を組みなおして、再び紙片を見る。

 宮元先輩は、ホリちゃんのことが好き
  ↓
 ホリちゃんと北原は付き合ってる
  ↓
 抱き合っているという噂を聞いてしまった先輩

「腹いせに、こんなこと……するかなぁ?」

 あの爽やかな宮元先輩が、こんなじめっとしたこと、するだろうか。
 北原がガキ以下って言ってたけど、私も、そう思う。

「しかも、芸が細かい」

 そ、降り積もるように机の上に山になっていた紙屑は、とても細かく破かれていた。
 男の人の、することなんだろうか。
 ホリちゃんとの噂を聞いた後だけに、どうしても宮元先輩の影が消せなかったんだけど、よくよく考えてみれば、そればっかりとも言えない。
 一組から三組までは成績優秀者の集まりだ。
 私じゃ考えられないようなアタマん中の持ち主ばっかりだから、おかしくなってライバルを蹴落とそうとこんな行動に出るヤツがいないとは言えないと思う。
 アタマのイイヒトが考えることは、私にはわかんない。
 念のため、さっき保健室に寄ったけど、ホリちゃんは外出中だったし。
 とりあえず無事ならいいや。

 ふと、気を失ってる時に見た夢を思い出した。
 あれは、夢だ。
 今まで先のことを夢で見たことはない。
 たぶん、あれは。

「彼の、想像の一部、か……」

 なんとなく、そんな気がする。
 あまりにも強い先輩の意識が、私の頭の中に投影されたのかもしれない。
 愛するあまりに殺したい、なんてこと、あるんだろうか。
 私には、わかんない。
 愛だの恋だの友情だの。
 結局相手の化かし合い、意識の駆け引きだ。
 急に虚しくなって溜息をつく。
 私も香奈みたいに、簡単に恋をして、きゃあきゃあ言ってられたら幸せなのにな。
 何にも知らない方がいい。
 
 なのに。
 私は風に吹かれて指先から消えそうになる紙片をもう一度見た。
 これに意識が残っているかどうか、わからないけれど。

「ホリちゃんに害がないなら、それでいいの」

 自分に言い聞かせた。
 単に北原だけの問題なら、これ以上首を突っ込む必要はない。
 念のため、だ。
 手のひらを広げて、小さな紙片をのせ、ぎゅっと握り締める。
 ドアノブに触れたときみたいに、頭の中の扉を開けばいい。
 私は、目を閉じた。
 沢山ある同じ波長の意識は、きっと北原のもの。
 それじゃなくて。
 降り注ぐ無数の意識から、違うものだけを探すのは、思っていたより困難だった。
 やっぱり出来ない、そう思って目を開けようとした時だった。

『ダイキライ』

 消えそうで、柔らかな、明らかに北原のものとは違う意識。
 なくなりかけていた意識は悲しみを帯びて、じわりと私の心を侵食する。

「………」

 目を開けるのと同時に、震えだした手が開いて、紙片は風に乗って飛んだ。
 優しいはずの意識は、確実に黒く深く憎しみを抱いたまま、私の頭の中にうごめきだした。

「……ったい」

 絞めつけらるように、頭が痛い。
 背もたれのないイスに座ってられずに、私はそのまま地面に膝を突いた。
 目の前の景色が白く霞み始める。

『キライ、ダイキライ、ミンナ、ダイキライ』

 両手も突いてうなだれると、冷や汗と共に、目から涙が溢れた。

「苦しぃ……」

 小さな紙片に残された意識から、どこかに繋がる細い鎖。

「いやだ……やめて」

 悲しい。
 苦しい。
 痛い。
 助けて。

「助けて」

 混濁する意識の中、私が違うモノになる感覚。

「『先輩を、助けて』」

 自分の口から吐き出された、自分のものじゃない声に、目を見開いた。


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