Don't Touch!

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 私の考えていたように単純に物事が進んでいたわけではなさそうだ。
 もっと違う何か。
 香奈の話でまた何もわからなくなった。
 ホリちゃんのストーカーは宮元先輩。
 北原の教科書を散々にしたのは香奈。
 二人は付き合っていて。
 北原には別の彼女がいて。
 落ち着いた私の横で、香奈も芝生の上に座ったまま、ぼんやりと校舎を眺めていた。

「今日、宮元先輩は?」
「昨日から試合に行ってて、いないの」

 目を細めて笑った後、ふと淋しげな表情をする。
 
「香奈の方こそ……」

 思っていたことを言いかけて、私が一度ためらうと、香奈が私の顔を覗きこみ、笑う。

「わかってるよ。たぶんすぐ振られちゃう」
「……香奈」
「だけど、好きなんだもん。先輩のこと、すごく好きだから、少しでもいいの、一緒に、横にいたいの」

 そう言ったあとの香奈に、もう笑顔はなかった。
 わかってるんだ、香奈。
 わかってても、恋心って、止められないもんなんだろうか。

「そういうの、私、わかんない。振られるってわかって付き合う香奈の気持ちも、そんな気持ちを知らない先輩も」

 人間って、どうして、こう、面倒なんだろう。

「しおりちゃん、本当に誰かを好きになったことないでしょう」
「え……」

 ふふっと笑った香奈が、いつもより大人びて見えた。
 なんとなく恥ずかしくなって私は黙った。
 香奈の言う通り、誰かを本当に好きになるなんてこと、私にはありえない。
 誰かのことを、これ以上に知りたいと思ってしまえば、最後。
 見たくない、知りたくないところまで、私には聞こえてしまうのだから。

「もし……北原くんのこと、本当に好きになりかけてるなら、私には止められないのかもしれないけど。でも、本当に、彼はやめたほうがいいよ。って、私が言っても説得力ないかな」

 ううん、と私は首を横に振る。
 だいたい私がアイツを好きになるわけがない。
 ちょっと負い目を感じているだけで。

「けど、香奈、どうしてその……北原くんに彼女がいるとか、そういうこと知ってるの?」
「それは……」

 言いかけた香奈が、ふと後ろを振り返り、私もつられてそっちを向いた。
 有無を言わせぬ空気をまといながら現れたのは、例のごとく北原だ。
 やっぱり睨むような目つきでこっちに向かってくる。

「行こう、しおりちゃん」

 香奈が私の腕を掴んで立ち上がる。
 とっさに目を閉じて、私は頭の中の扉を閉めた。
 流れかけた香奈の感情の一部に思わず顔をしかめると、すぐ目の前まで来た北原が、私を掴む香奈の手をゆっくりほどいた。
 
「桜井に、話がある」

 掴まれた手をおびえるようにほどいて、香奈は泣きそうな顔をして私を見つめる。
 今は、香奈と一緒にいるべきなのかもしれない。
 だけど。
 北原を見上げると、鬱陶しそうに香奈を見下ろしている。
 この二人に、直接的な接点はなさそうなんだけど……。
 気まずい雰囲気の中、不意に私の腕が引き寄せられた。

「二人で、話したいんだけど。はずしてくれる?」

 暗くなった視界と、上から降ってくる北原の声に、一瞬何が起きたかわからなかった。

 私、北原の腕の中にいる?

『おとなしくしてろよ』

 伝わる意識に、思わず顔を上げると、すぐそばに北原の顎が見えた。
 そして、目を丸くした香奈が、長い睫毛をぱちぱちしながら私と北原の顔を交互に見ると、みるみる顔を赤くして走り去っていく。

 どう、なってんの?

 走り去る香奈の姿を見送ってから、北原が私を見下ろした。
 近い、顔、唇……。

「ぎゃあっ!」

 思わず声を上げて、北原を突き放した。

「……な、何、何してんのよっ!」

 たぶん、香奈以上に私の顔、赤くなってる。
 そんな私を相変わらず冷静に見ながら、北原が静かに溜息をついた。

「一番効果的だろ」
「だからって、こんなの……信じらんない」

 そういうことに慣れてる気がした。
 なんとなく、だけど。
 香奈が言ってたこと、本人に確かめるのもいいけど、なんだか気がひける。
 まともに北原の顔を見れないでいると、急に目の前に手のひらを出された。

「え?」
「返せよ」
「……何?」

 北原は無言でもう一度手を広げる。
 返せ? って、まさか。
 私があの教科書の紙片、持っていったの、バレてる?


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