Don't Touch!

back top next novel

file6-2


「私と伊吹がイトコ同士だってことを教えたとたんに、しおりに乗り換えようとするんだものね。全く、女の子は道具じゃないのよ」

 仁王立ちのホリちゃんの横で、宮元先輩はうつむいて笑ったように見えた。
 いつかの集会で、宮元先輩と北原が並んでいたときには、先輩が太陽で北原が月のようだったのに、今では逆転しているような気がする。

「先生、違うの」

 私の腕の中にいる香奈が、小さな声を上げた。

「違うの、先輩は本当に先生のことが好きなの。北原くんに勝ちたいとか、そんなんじゃなくて、本当に」
「やめろよ」

 香奈の訴えをさえぎったのは、他でもない宮元先輩だった。
 まるで香奈を哀れむように笑って首を振る。

「先生の言うとおりですよ。恋愛だってゲームだ。ゲームするにはカードも必要だし、戦う相手がいるなら、有効なカードを選ぶべきだ。それに、勝てるばかりのゲームじゃつまらないしね」

 嘘だ。
 先輩は余裕な表情を浮かべているけど、私が今まで感じてきた先輩の意識に、そんな感情はなかった。
 たぶん、香奈が言うように、ホリちゃんのことは真剣だったと思う。
 そうじゃなきゃ、あんなに黒い憎しみを抱くことなんかないだろう。

「くだらないお説教と、こんなやつらを見せるために呼び出すなんて、堀口先生もどうかしてるよ」
「嘘!」

 さっきまで震えていた香奈が、私の腕から離れて先輩に駆け寄った。
 潤んだ大きな瞳で、じっと先輩を見つめている。

「先輩、どうして? 私に話してくれたことは全部嘘なんですか? あやのさんのことも、堀口先生のことも、真剣だったんじゃないの?」
「女って、そういう話が好きだと思ったからさ。で、香奈はこの作り話で俺のこと、もっと好きになったんだろ?」

 ぐっと握り締めていた香奈の手が開かれて、先輩のうわべだけの笑顔に大きく音をたてて飛んだ。

「最低」

 小さく、でも先輩にしっかりと届く声でそういうと、そのまま香奈は私たちに背を向けて走り出した。

「香奈!」

 追いかけようとした私を制するように、ホリちゃんが微笑んで香奈の後を追った。
 ホリちゃんのほうが、私なんかより香奈をなぐさめるいい言葉を知っているような気がして、私はふたりの背中を見送った。
 だからって、私がここに残って、この水と油のような北原と宮元先輩にかける言葉などないのだけれど。

「淋しがりやで弱いくせに、ひとりよがりだからいつか孤独になってしまうんじゃないかって、最後まであやのが心配してましたよ」

 再び静かになった廊下に、北原の落ち着いた声が響いた。
 ほんのり左頬だけ赤くした先輩が顔をそむけて窓の外に視線を送る。

「そんな先輩に、俺はいつも妬いてましたけど」

 思わず、私は先輩と同じように驚いて北原を見た。
 や、妬く? この北原が、そんな可愛い感情を持っていると?
 今のふたりの状況を無視して笑いそうになって、私はぐっとこらえた。

「それに、先輩の原理なら、あやのに振られた俺は、アメリカに負けたことになる。もう、勝てっこないですよ」

 鼻で笑った北原を、宮元先輩は眉をひそめて睨んでる。

「馬鹿にしてるのか?」
「いいえ。悔しいけど、俺は結局あやのの中にいた先輩を消すことはできなかった。それに、堀口先生とはイトコだし、残念ながら、先輩の望むような楽しめるゲーム相手なんかじゃないってことですよ」

 面食らったのか、先輩は目を丸くしてぐっと口を閉じた。
 聞き様によっては嫌味な言い方かもしれないけど、北原のほうが先輩より上手だと思う。

「別に、オマエなんか、最初っから相手にしてねぇよ。香奈の勝手な思い込みだ」
「そうですか」
「もう、いいだろ」
「はい」

 ホリちゃんの言うように、一発北原が殴られるなんてこともなく、宮元先輩は溜息ひとつ残して、私たちに背を向けた。

「解決、したの?」

 先輩の姿が遠くになってから、私は北原の顔をちらりとうかがった。

「さぁ。でも、これで気持ちに区切りをつけてもらわなきゃ、な」

 北原も私に視線だけよこした。

「ふーん」

 何か府に落ちなくて、私は首をかしげる。
 そうだ、私のことはどうなってんの?
 先輩、私と目を合わせることもなかったけど、付き合うって話は無いことになってるのかな?
 そんなことに考えを巡らせてるうちに、北原が歩き出した。

「え……」

 北原の右手の甲が、明らかに赤く濡れている。

「ちょっと、待って。その手」

 今まで、気がつかなかった。
 北原は平気な顔でその手を上げて私に向かって見せた。

「もう血はほとんど止まってる。大丈夫だ」
「だけど……」

 なにも起きてないって思ってたのに。
 どうしてもっと早く気がつかなかったんだろう。
 
「ごめん」
「何で桜井が謝るんだよ」
「なんか…わかんないけど」
「へんなやつ」

 また片方の口角だけ吊り上げて笑う。

「女って、ホント、わけわかんねぇ」

 その冷ややかな目で睨まれるのも随分慣れた。
 ハラのたつ笑い方も、イライラするはずの言葉も。
 どういうわけか、今は安心する。
 笑い返すのは不本意だから、私は口を尖らせて北原の先を急ぐことにした。


back top next novel

home

Copyright(C) 2006-2007. aoi narumi. All rights reserved.