Don't Touch!

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 結局、にやけた香奈に見送られて、私は温室までやってきた。
 あんなこと言われると、妙に意識しちゃって変な感じ。

「はぁ……」

 意識しないようにすればするほど、鼓動が早くなって体が熱くなる。
 もう、どうしたらいいんだろう。
 やっぱり、今日は帰ろうかと思ったとき、いつものお気に入りの場所に、またアイツの姿を見つけて、倉田先生への恋心なんか忘れて駆け寄った。

「ちょっと」

 ソイツは相変わらずの冷淡な面持ちでイスに座り、参考書を広げている。
 声をかけた私に気付いて視線を上げたものの、まるで無視するみたいに参考書に目を戻した。
 くーっ、こんなヤツのどこがいいんだか…香奈のことがさっぱりわかんないよ。

「どいてよ。前にも言ったけど、そこ、私の場所なの」
「なんの権利があってここが桜井の場所なんだよ」

 ムカツク。

「権利とか、そんなの関係ないのっ」
「じゃあ、今日からここは俺の場所」
「はぁ!?」
「だって、権利なんて関係ないんだろ?」

 思わずキィーッと奇声を上げたくなるほど腹が立つ。
 ここは私が校内で癒される唯一の場所。
 そこをこの北原に侵されるなんて。
 イライラする私なんかにかまうことなく、北原は、私には理解できない問題を解くのに集中してるみたいだ。
 そのページをめくる右手の甲には、あの時の傷が、まだうっすらと残っている。

「桜井さん」

 声のするほうを見ると、温室の入り口で、倉田先生がもうひとつの丸イスを持って立っていた。

「せ、先生」

 今まで見ていた北原とは真逆な優しい表情と、香奈に言われたことを思い出して、私の声がオクターブひっくり返ってしまう。

「これ」

 そう言って、一度イスを持った手を上げると、そのイスを私の目の前に置いてくれる。
 そして、北原と私を交互に見て、いつもどおりにっこり笑った。

「今日は水やりはいいから。仲良く、ね」
「え? や、あの」

 そうじゃなくて!
 仲良くね、って、小学生でもあるまいし。

「あ、じゃあ、俺、そっちのイスでいいよ」

 北原は立ち上がると、先生が置いていったイスを持って、入り口を隔てた反対側に座り、私を見上げる。

「どうぞ」

 まるで譲ってやったとでもいうふうに、今まで占領していた私の場所を指す。
 なんなのよ、もう。
 このまま先生のあとについて、温室に入ったとして、今日の私はうまく先生と話せる自信がない。
 だからといって、今ここで促されたイスに座るのも癪に障る。
 どっちの選択もできなくて、とにかく落ち着こうと、結局私はさっきまで北原がいたイスに座った。

「っていうか、どうしてアンタがこんな所でお勉強してるの?」
「べつに」

 私にその訳を話すまでもないとでも言うのか。
 そうよね、私だってべつに知らなくたっていい。
 聞いて損した。

「彼女、元気?」

 参考書を閉じて北原が聞いてきた。

「香奈なら、元気よ」

 北原に、もうメロメロに惚れこんでるなんて言ったら、コイツ、なんて言うだろう。

「なんだか、もう好きな人ができたみたい」
「へぇ」
「誰だと思う?」
「興味ない」
「あ、そ」

 どうして私、こんな北原と話してるんだろう。
 空は快晴、柔らかな風が私の髪を揺らして頬に触れる。
 こんな日は、大好きな人と公園でデートしたりするのが楽しいんだろうな。
 香奈ほどそういうシチュエーションに憧れるわけじゃないけど、いつかそんなことができたらいいなって思う。
 何より、今の状況が嬉しくないから。

「宮元先輩も、変わったみたいだな」
「そうなの?」
「むやみやたらに女の子を連れて歩くようなことがなくなったって、ミヤコが言ってた」
「へぇ」

 あの時の先輩を見ていた限りでは、とても改心するようには見えなかったけど。

「彼女のしたことも、俺の怪我も、ムダじゃなかったってわけだ」
「そう、だね」
「あと『エスパーしおり』の能力もね」
「その呼び方、やめてよねっ」

 ああ、ああ、もう北原といると頭がおかしくなりそう。

「私、北原と話してると疲れるから帰る」

 もう、退散します。
 私の場所も、どうぞご自由にお使いくださいな。

「そう? 俺は楽しいけど」

 背を向けようとした私は、ぎょっとして北原を見た。
 どうせバカな私は、北原にとっていじめやすい人間だもの、楽しいわよね。
 笑ってる口元と私を石にさせるような眼差し。
 できるなら、香奈と代わってあげたい。

「それと、今日からここが俺の場所。間違えんなよ」

 そう言って地面を指す。

「わかりましたっ。もう勝手にしてよ。バイバイ」
「バイバイ、エスパー」

 振り返らなくても、嫌な笑顔でこっちを見てる北原が想像できる。
 何か言い返すにも、ぐちゃぐちゃにかき乱された頭じゃ、うまく言葉も浮かんでこない。
 これも、あの「いぶきくん」にしてしまったことへの報復なのかな。
 本当に私の平和な日々が戻るのは、まだまだずっと先のような気がして、私は青空に向かって大きく溜息をついた。



 第一部 完結 二部へつづく 




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