Don't Touch!

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『コンナニ愛シテルノニ』
『モット近クニイタイ、モット知リタイ』
『誰ニモ渡サナイ、触レサセナイ』
『許サナイ』
『殺シタイ、殺シテヤル』
『殺ス』

 次々と降り注ぐ、誰ともわからない、愛と憎しみに溢れたその声を、意識を拒むことができずに、呼吸が乱れて身体が震えだす。
 やがて、ゆっくりと扉は閉じた。
 そして、私の目には、白く無機質な天井が写る。
 まだ震える身体を両手で押さえるように抱きしめて、私はそのままその場に座り込んでしまった。
 目の前にあるドアノブ。
 愛から強烈な憎悪へと変化していった声を思い出し、冷たい汗が頬を伝う。
 乾いてカラカラなはずの口を閉じて、あるはずのない唾をゴクリと飲んだ。
 
「どうして……」

 今まで、ずっと閉じ込めておくことができたのに。
 鍵を掛けていた扉が、ついに、開いてしまった。

 目で見て、耳で聞いて、その臭いを感じ、触れてみて、言葉を発する。
 それと同じように、私は自分に触れた人の心が聞こえた。
 まるで当たり前だったその感覚は、他の誰もが同じように持っているものだと信じて疑わなかった。
 
 いつからだろう、まず、大人が私を嫌った。
 変な子だと言って、私を避けるようになった。
 小学校に入る頃には、友達にも不思議がられた。
 最初は皆、面白がっていたのに、自分にとって都合の悪いことを聞かれると、私を避けた。
 もしかしたら、自分だけがみんなと違うのかもしれないと思ったのは、いつからだろう。
 でも、確信したのは、あの事件以来だ。
 悲しくて、悔しくて。
 でも、仕方ないんだ。
 だって、こんなものを生まれ持った私が悪い。
 
 少し落ち着いた鼓動を確かめて、大きく深呼吸する。
 顔を上げると、そこにあるのは、幾人もが触れて、白く薄汚れた銀色のドアノブ。
 最近頭が痛いのは、扉が開こうとしているのだと、自分でなんとなくわかっていた。
 幼い頃のおまじないは、そろそろ使用期限切れで。
 だけど、違う。
 物から声が伝わってきたのは初めてだ。
 それも、すごく強烈に、鮮やかに、ひどく強引に。
 とりあえず、また扉は閉じたみたいだけど。
 でも、このドアノブに触れるのは、怖い。
 突然、私の目の前の景色がぶれたと思うと、勢いよく開かれたドアが、私の額を直撃した。

「痛いっ!」

 ガツン、と音をたてて、あまりの衝撃にドアが微妙に振動している。
 ちょうど角だ、角、ドアの角が私の額に当たったに違いないっ。
 割れたような痛みに、思わず両手でそこを押さえると、次に、ぬめっとした感触が手に伝わった。

「あ、ごめん」

 私の衝撃に対して、真逆ともいえるほど冷静な声が上から聞こえてきて、ちょっと腹が立った。
 額に当てた手をゆっくり離すと、少しだけ血がついている。

「やだ……もう」

 悲しくなってきた。
 ただでさえ、さっきまで頭が割れそうに痛かったのに。
 こんな仕打ちをしたヤツの顔を見てやろうと、顔をゆっくり上げると同時に、静かにドアが。
 閉まった。

「は!? ちょっと!!」
 
 人を怪我させておいて、何なのよ。
 何か一言文句言ってやんなきゃ気がすまない。
 私は立ち上がり、危うくドアノブに手を掛けようとして、やめた。
 これに触ったら、またあの意識が入ってくるかと思うと、怖い。
 ためらっていると、再び勢いよくドアが開き、またぶつかりそうになるギリギリで、辛うじて避けた。

「あら、どうしたのよ、そのおでこ」

 白衣姿の養護教諭、ホリちゃんこと堀口都子(ほりぐちみやこ)先生が現れて、私の前髪をかき上げ、額の傷を見る。

「ホリちゃぁん……」

 ホリちゃんを見ると、安心して涙がこぼれてきた。
 158センチの私の目の前に、グラマラスな胸の谷間が見える。
 開襟の白衣の下には、黒い襟ぐりが大きく開いたカットソー、短めのタイトスカートからは、白く柔らかそうな細い足がのぞく。
 モデル並みの小顔に、長身、メリハリのきいたボディ、黒く長いカールされた髪。
 学校の養護教諭としては、完全に不適切だけど、抜群のスタイルだ。
 だけど、顔のパーツが、イマイチ。
 おしい。
 明るく、気さくでサバサバした性格は、生徒の誰からも愛されて、みんな「ホリちゃん」って呼んでる。

「何泣いてんのよ、いじめられた?」

 口を大きく開けて笑うと、一番奥の銀歯までのぞいて見えた。
 立ち尽くす私の手を引いて、保健室の中にある、黒いくるくる回るイスにの前まで連れて行かれた。
 そして、肩に手を置いて、押さえるように私を座らせる。
 だけど、良かった。
 触れられても、ホリちゃんの感情は私の中に入ってこない。
 私は大きく息を吐いた。

「なあに、溜息なんかついちゃって。どうしたのよ」
 
 そうだ、うっかり忘れるところだったけど、この傷をつくった張本人がここにいるはずだ。
 あまり広くない保健室を見渡すと、窓際で、まるで景色と一体化したように存在感を失くしている男がいる。
 細身で背が高く、端正な横顔は、目を細めて、窓の外に広がる曇り空を、うっとおしそうに見つめている。

「あの人!」

 顔は見てないけど、間違いない、アイツがドアを開けたんだ。
 私が叫んでソイツを指をさすと、消毒液を塗ろうと私の前髪を上げたホリちゃんが、ちらっと彼のほうを見る。
 そして、ヤツがこっちを向いた。
 それはものすごい威圧感と傲慢な視線で、上から弱者を蔑むように私を見た。
 表情は無く能面のような顔に、一瞬私は鳥肌が立った。
 まるで萎れるように、差していた指をゆっくり引っ込める。
 彼を責める準備をしていた口を、開くことすらできない。
 ひどく冷たい雰囲気が彼から伝わってくる。
 思わず私は目をそらして、目の前にいるホリちゃんの方を見た。

「今、ここに入ろうとしたら、ドアが急に開いて……いてて」
「強く当たっちゃったのね、うーん、結構深く切れちゃってるかも」

 消毒液が傷口からガンガン染みて、私は再び涙ぐんで、甘えるように上目使いでホリちゃんを見た。

「そんな甘えた顔しない!」
「いでっ!」

 さっきから、私の頭は痛みのトリプルパンチ。
 痛みに悶える私を笑いながら、ホリちゃんは、ガーゼを適当な大きさに切り、傷口にあてると、大きな紙テープを張った。

「はい、お客様、これでいかがですか?」

 そう言って、美容師さんみたいに、私に大きめの手鏡を渡す。
 鏡の中をのぞくと、私の額の真ん中には、白いガーゼが大げさに張られている。
 なんで保健室に来てまで怪我をしなきゃいけないんだ。
 と、鏡の中で、私の後ろを通り過ぎる影が写って、私は振り返った。
 さっきまで窓際に立っていたアイツが、ドアを開けてここを出て行くところだった。
 
「あ……」

 先に声を掛けたのは、ホリちゃんだった。
 その声に、アイツは相変わらず冷淡な顔で振り返る。

「わかってます」

 そう言うと、彼は静かにドアを閉めた。
 


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