Don't Touch! 2

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file2 「bomber boy」


 いっそ、記憶喪失になってしまえばよかった。
 でなければ、頭を打った強い衝撃で、突然天才になるとか。
 軽いショック症状なので補習を休みたいと言ったら、許してもらえたのは二日だけ。
 その二日間も、担任が家に来ては、あの時の状況を何度も聞かれた。

『誰も、何も、俺たちは見てない』

 私の能力を知ってる北原が、私をかばってくれた時、そうやって頭の中に語りかけてきたから、あの彼のことは黙っている。
 学校側も事態を大きくしたくないのか、警察沙汰になることもなく、むしろ、生徒たちにこの爆破事件のことはうやむやに報告されている。
 私とおそらく北原も、他言無用、先生から誰にも本当のことを言わないようにと口止めされている。
 それよりも、なによりも。

「しおりちゃん、本当のこと言ってよ」
「……だから」
「北原くんと付き合ってるんでしょ。大丈夫、私、しおりちゃんだったら許せるから」

 苦しい補習の、ほんのちょっとの休息、お弁当タイムは、香奈の質問攻め。
 口元は笑ってるけど、目が怒ってるよ。
 確かにあの時間、本来なら生徒は全員体育館にいるはずなのに、私と北原だけが、爆発の被害に遭ったのだ。
 それも、北原が私をかばってくれているという状況で。
 あのあと先生たちが駆けつけても、私は立ち上がることが出来なくて、抱きしめてくれているのが北原だということなんかすっかり忘れて、必死で抱きついて子供みたいに泣いていた。
 ガラスの破片で私は足を切り、北原は頭を切ったけど、ふたりともそんなに深い傷じゃなくて、本当によかった。
 担任も香奈と同様、私の怪我や精神状態なんかを無視して、何があったということより、北原とどうしてふたりだけであの場所にいたのか、ということばかり聞いてくる。

「だから、香奈にも言ってたじゃない、私、保健室に行きたかったんだってば」
「だって、あの場所、保健室を通りすぎてるじゃない」
「う、ん。中庭が気になってね」
「そこでふたりで待ち合わせしてたんでしょ?」
「もう、違うのっ!」

 納得してない顔で、香奈はピンクのパッケージから伸びたストローでいちごミルクを啜る。
 私の笑顔は無理やりで引きつってたかもしれないけど、そうするしかなくて。

「でも、これが偶然なら、運命だね」

 ストローから口を離した香奈が、満面の笑みでそんなことを言うから、私は思わず最後のお弁当の一口を吹き出しそうになる。
 咽る私を香奈は笑うけど、冗談じゃない。
 運命とか、偶然とか、香奈が思ってるような乙女な言葉は私たちには到底似合わない。
 お弁当箱を片付ける私の視界に、黒いものが見えて、前にいる香奈がそれに向かって顔を上げた。

「北原くん」

 香奈が艶っぽい声色を使って彼の名を呼ぶと、私の体は固まった。
 ちらっと私も彼の顔を見上げると、いつもの目つきで私を見下ろしている。

「桜井、話がある」

 低く響く声は、一瞬で教室内を静かにさせた。
 そして、一斉に向く、好奇の目。
 北原がいなくなっても、沈黙は終わらない。

「いってらっしゃい」

 目が笑ってない香奈が怖い。
 夏期講習を受けてる生徒は少ないもけれど、それでも教室にはいつもの半分くらいのクラスメイトがいる。
 その全員の目が、私の行動を見張っているようで。

「ちょっと、行ってくるね」

 私は、教室中のひやかしを受けつつ、北原の後を追った。
 あぁ、もう、どうしてこんなことになっちゃうんだろう。

「はあぁぁ」

 溜息と一緒に声を出さなきゃ、少しずつ貯まっていくストレスを解消できない。
 本当は、どこか誰もいないところで絶叫できたら、しあわせかも。
 遠くなる北原の背中とある程度の距離を保ちながら、私は彼についていく。
 そういえば、ろくにお礼なんて言ってなかった。
 泣きじゃくる私は、あの後ホリちゃんに保健室へ連れて行かれ、足の手当てをしてもらった。
 それから北原がどうしたのか、私は知らない。彼もたいした怪我じゃないと教えてくれたのは、ホリちゃんからのメールだったし。
 北原は三日前、そう、あの日私が通ったルートを行く。階段を降り、保健室の前を通ると、当時の衝撃などまるでなかったように修繕された中庭が見えてきた。
 元どおりになったガラスも、中庭の植物たちも、生徒たちからあの出来事を簡単に忘れさせてしまうだろう。
 爆発にあったこの私も、本当にあれは夢だったんじゃないのかと錯覚してしまうほどだ。
 体育館のほうから午前の練習を終えたジャージ姿の女子生徒たちが、賑やかに話をしながら私たちとすれ違う。

「あの……ありがとう、ね」

 一応、言っておこう。
 そういうの、根に持ちそうなタイプだし。
 心はこもってないかもしれないけど、ちゃんと聞こえるように私が言うと、北原は振り返って目を細めた。

「目の前で頭がぶっとぶような光景は避けたかったからな」

 ぴくり、私の頬が歪むと同時に、もしかしたら本当にそうなっていたかもしれないと、ぞっとする。

「あの音とアイツの言ってること聞けば、疑うだろ」

 そんなの、疑わないよ!
 だって私は平和な世界に生きてきたもの、あの箱がまさか爆発物だなんて、想像できなかった。
 仁王立ちで腕を組み、私を睨んで見下ろす北原に、私は声を上げて反論することができず、苦笑して首をかしげた。
 よく見ると、北原の左の頬に、まだ傷が残ってる。

「馬鹿には予想できなかったか」
「わ……悪かったわねっ!」

 ここで、馬鹿じゃないわよ、と否定できない自分が空しい。
 いや、そんなことで落ち込んでる場合じゃない。
 唇を噛んで北原を見上げると、まだ私を馬鹿にしているように冷めた目で笑う。

「もう、大丈夫か?」

 表情を戻して、そんな言葉をかけられると、急にあの時の状態を思い出してしまう。
 今まで知らなかった北原の優しく穏やかな部分。
 そして、どこか余裕のない心の中。
 泣く私を、しっかりと抱きしめてくれた腕、手のひら。
 あれはニセモノだ、この、目の前にいる鉄仮面が本性だと、上気する自分に必死で言い聞かせる。

「これでも、けっこう、ショックだったんだから」
「そうか」

 北原は中庭に目をやると、小さく息を吐く。

「何よ」
「いや、川島貴文(かわしま たかふみ)の心理状態、桜井ならわかるかと思って。でも、今日は止めておこう」
「……川島?」
「爆弾の製作者だよ」

 私の頭の中には、すぐに三白眼の彼の顔が浮かんだ。


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