Don't Touch! 2

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 ホリちゃんのattentionデータには、私と北原の名前も載っていた。
 確かに私たちも要注意人物かもしれないよ、いろんな意味で。
 だけど、だけど、ちょっとショック。

「いいのか?」
「何よ」
「補習」
「………」

 それどころじゃない。
 私は今、超超超超ブルーグレーダーク、絵の具の全色混ぜた暗黒色なのだ。
 こんな状態でおベンキョウ?
 教師たちは優良な商品をこの学校という名の工場から出荷しようと必死なのかもしれないけど、そんなの、クソクラエ。
 私は堂々、不良品として世の中に出てやるから。

「馬鹿みたい」

 チャイムが鳴って、保健室を追い出された。
 それから教室へ向かう気にはなれなくて、マイナス一直線な思考回路をどうにかしたくて、私は温室までやってきた。

「ねぇ、ついてこないでよ」

 保健室を出てから、ずっと半歩後ろを北原がくっついてくる。
 今はひとりになりたいのに、ほっといてほしいのに。

「俺もここに来たかっただけだ」

 そう言って表情ひとつ変えず、温室前のイスに座る。
 ここは、私のお気に入りの場所だった。つい、一ヶ月前までは。
 日差しがじりじり照りつけても、この場所だけは風通しがいいし、ひとりにもなれる。
 理事長の趣味の園芸で作られた、校舎の裏手に隠れたガラスの温室。
 私と理事長、そして理事長から植物たちの世話全般を任されている生物教師、倉田先生以外、ほとんど誰も近づかない場所。
 それが、北原もすっかり気に入ったのか、よくここに来るようになってしまった。
 良さを理解してくれるのは嬉しかったけど、共有してくれと頼んだ覚えはない。
 入り口を挟んで、もうひとつ置かれているイスが私の場所。でも、今日は北原と並んで座る気にはなれなくて、私はそのまま温室へ足を踏み入れた。
 夏の暑さに窓も開けているけれど、室内は外に比べてずっと温度も湿度も高い。
 鮮やかなオレンジ色のハイビスカスが元気に咲いている。

「私にも、その元気ちょうだい」

 話しかけて花びらにそっと触れる。
 指先からゆっくりと腕を伝い、頭の中に浸透していく柔らかな光。
 ヒトの意識とは全く違う、儚く消えてしまう粒子。
 嫌な記憶も、悲しいことも、優しく昇華してくれるもの。
 触れているハイビスカスだけじゃなく、温室の中にいる植物全てから私の中に降り注ぐ。
 彼らは愛情をかけた分、ちゃんと私に返してくれる、裏切らない存在。
 元気を分けてもらう間、ふと川島くんのことを思い出した。
 彼は必死であがいてる。
 今回のことが大袈裟にならなくて、もしかしたら不満かもしれない。
 私たちは、大人に、誰かに気付いてほしくて、よくないことをする。
 私は彼の爆弾の被害者だけど、おそらく犯人である彼自身、この学校の、今の社会っていうプログラムの被害者のような気がしてきた。

「桜井さん?」

 ふわふわと浮いて優しく私の耳に届く声。
 北原がいる方とは反対の入り口から、その人はひょっこり顔を出した。

「倉田先生」

 こんなに太陽がぎらついてるのに、色白でひょろっとした細い体。
 いかにもさえないオーラを出している眼鏡の生物教師、倉田恭介(くらた きょうすけ)。
 ただ優しいだけで、何のとりえもない人だけど、私をこの植物たちよりも癒してくれる人だ。
 私が自然と笑顔になれるのは、先生の前だけ。

「今の時間って……」

 時計に目をやりながらも、私に気を使ってくれるのか、それともやっぱり気弱で物事をはっきり言えない性格のためか、そこから先の言葉を濁した。

「あ、え、はい、そうなんです。でも、ハイビスカスに見とれちゃって」

 えへ、と自分でも驚くほど可愛らしく笑ってしまう。
 そして、口から出る大嘘。
 本当は嘘をつく必要なんてない。 倉田先生は私がいつどうしてここにいようと、咎めることは決してないのだから。
 だけど最近、私は先生の前で「いい子」でいたいと思うようになってしまった。

「でも、ちょうどよかった。お願いしたいことがあったんですよ」

 白衣の袖を肘上まできれいに折ってるところとか、眼鏡の奥にある長い睫毛とか、中性的な部分から、生徒たちからはオカマ扱いされるけど、私はそんな先生が好き。
 だけど、香奈や他の女子が考えるような付き合いたい恋愛感情じゃない。
 そんなのは、到底無理だもの。
 先生は一冊のノートを私に差し出した。

「夏休みの間、ここに顔を出せることが少なくなりそうなんだ。だから、何かあったらこのノートに書き込んでおいてくれるかな」

 なんの色気もない大学ノート。
 左上には穴が開いて、黒い紐が通されている。

「理事長も、長期で海外に行くって言ってたし、なるべく一日に一度は来るつもりだけど、タイミングが合わないかもしれないしね」

 私は先生からそのノートを受け取った。

『北原くんもいるし、大丈夫だね』

 ノートを伝わり聞こえてきた先生の意識。
 聞こうとしてたわけじゃない、さっき植物に触れていた時の状態で意識のトビラを閉じていなかっただけだ。
 っていうか、先生、その考え方間違ってる!
 ちっとも大丈夫なんかじゃないよ。
 でも、先生、どうして? どうしてここに来られないの。
 去年の夏休みは、この人、これ以外にすることないんじゃないかと心配するくらい、いつ来たって温室にいたのに。
 
 知りたい。

 先生がこのノートから手を離す前に、彼の意識を探せばいい。
 何を考えてるのか、のぞいてしまえばいい。
 どこかでそんな誘惑の声がする。
 だけど、そこにあるのが私の望まない答えなら?

 知らなくていい……知りたくない。

 迷っているうちに、先生の手はノートから離れて、私はほっとした。
 好きな人の心をのぞくだなんて、そんな嫌らしいことしたくない。

「じゃあ、よろしくね。大変だけど、勉強も頑張ってね」

 優しく笑って、先生は私を通り過ぎる。
 振り返ると北原にも同じようなことを話し、何かあれば桜井さんを助けてあげてね、なんて余計なことまで言ってくれる。
 そして、私たちに手を振ると背を向けた。


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