Don't Touch! 2

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 胸の奥に残る白黒の砂は、どこからともなく降り積もって、消えることがない。
 先生の背中を見送りながら、今までにない感情を消化できずに吐き出しそう。
 先生からもらったノートを抱きしめて、ふと香奈が言ってたことを思い出した。
 相手が自分のものにならないと知っていても、ただ、そばにいたい。彼が望むことをしてあげたい。たとえ、自分を犠牲にしても。
 それは、たぶん恋だ。
 愛だの恋だの、そんなの幻想、大キライ。
 だけど、認めたくないけど、私はその幻想に浸かってしまいそうで。

「桜井」

 ささやかな幻想を打ち壊す声。
 ついでに現実に思い切り引き戻す、悪意に満ちた瞳にげんなりした。
 しかし、その瞳は私を通り越したずっと向こうを見つめているようだ。
 その視線に同調して私は後ろを振り返る。

「……?」

 ずっと向こう、フェンスのあたりに数人の男子の姿が見えた。
 何かこう、囲んでいるような。
 そして、えげつない笑い声が一斉に上がる。

「あっ……」

 彼らの中から飛び出した一人の少年。
 もつれた足でちゃんと走ることができず、前のめりに転ぶと、また笑いが起きる。

「どうする?」

 隣に来た北原が、彼らを見つめながら私に聞く。

「どうするって……」
「偽善者ぶって助けるか? それとも、このまま見捨てるか、一緒になってアイツを殴るか」

 そんな選択肢からなんて、選べないよ。
 だけど、じゃあ、どうする?

「お前ら全員、ぶっ殺してやるからな!!」

 男のくせに甲高い声が、あの場所からはっきりと聞こえた。

「川島くん」
「え?」
「たぶん、あれ、川島くんよ」

 確信した私は、迷いも何もなく、北原が制止するのも聞かずに彼らの元へ走り出した。
 まわりを囲んでいる男子にも見覚えがある。
 あの時、彼を突き落とした子たちだ。
 背の低い川島くんよりも、頭がひとつ分くらいデカくて、たぶん、黙っていれば誰かをいじめてるようになんか見えない人たち。

「うっせぇな、だったらやってみろよ。あんなちっぽけな爆発なんかじゃなくてさ。もっとデカイ爆弾でも化学兵器でも作って、俺らを殺してみろよ」
「天才のセンパイだったらすぐ作っちゃうんじゃねぇ?」
「まぁ、俺たちにだって簡単だけどさぁ、常識人だからマジであんなことできねぇよなぁ」

 私の目の前で、倒れた川島くんの胸元に、衝撃と共に大きな足が乗せられ、彼の口から呻き声が漏れる。

「くっ……ゃめろ」

 私の存在に気付いたひとりが仲間に合図し、彼らは静かに立ち去っていく。
 逃げたのは、どうやら私じゃなく北原の姿を見つけたからのようだけど。
 どっちにしても、いなくなってくれたなら、それでいい。

「大丈夫?」

 近づこうとすると、川島くんはすぐに体を起こし、汚れた制服のホコリを払いながら立ち上がった。

「オマエも俺を責めにきたのか?」

 顔を歪めて笑いながら言う。

「そんなんじゃないよ」
「だったらなんだ、同情か? 弱者を助けたつもりか? ははっ、偽善者め」

 ん? こんな言い方、背後にいる誰かさんに似てない?
 だけど、違う。
 川島くんには余裕がない。
 きょろきょろと動く瞳、落ち着きなく揺れる身体。

「お前らみたいな馬鹿なやつら、あのまま死んじまえばよかったんだ」

 そう言ったとたん、彼の表情が冷たく攻撃的なものに変わり、私は思わずたじろいだ。

「俺を警察に突き出すか? 残念ながら学校側はご丁寧に証拠を隠滅してくれた。お前らの証言なんて、誰が信じると思う?」
「そんな」

 そんなことを追求しようとか、思ってたわけじゃないのに。
 私はただ……。
 偽善といわれるなら、そうなのかもしれない?

「負け犬の遠吠え、か」

 北原の一言に、川島くんの表情がますます厳しくなる。
 ほんの一瞬の、だけど、とてつもなく長く感じる沈黙。
 それを破ったのは、川島くんのこみ上げるようなくぐもった笑い声だった。

「そうさ、俺たちは学校から見捨てられたのさ。上っ面さえ良けりゃ、死のうが、罪を犯そうが、かまわないって言われてんだよ。わかんねぇの?」

 ストレートな彼の言葉は、私の胸にぐさりと深く刺さった。
 さっきまで似たようなことを考えていたのに、今、どうしようもなく泣きそうだ。

「次は、確実に殺してやるからな」

 捨て台詞は殺人予告。
 彼の後姿を見ながら、頭の中のトビラを必死で閉じていた。
 今、彼の意識を聞いてしまったら、自分の中にある醜いものも全て気付いてしまうような気がして。

「都子のリサーチどおりだな。攻撃的で、口が悪い。桜井、気にするな」

 北原の声は耳から頭の中に響いてすぐ消える。
 言葉の内容なんて、理解できない。
 私は目を閉じ、できるなら、耳も閉じてしまいたい。


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