Don't Touch! 2

back top next novel

file3-3


 黒板に書かれているのは見たことのある文字で、私のノートにはそれが写されているはずなのに、気がつけば見たことのない象形文字になっている。
 自分で書いた文字が理解不能。
 真っ直ぐな線もろくに書けずに、ぷるぷると震えている。

「桜井」

 次から次へと新しい文字を生み出す自分自身に感心、いや、呆れていると、机の斜め前に何者かが現れて私の名前を呼ぶ。
 顔を上げると、いっと歯を見せて、目は笑ってない中年の数学教師が立っていた。

「いい加減にしろよ?」

 このままなら、どうなるかわかってるんだろうな、という意味をこめた疑問符。
 その台詞と先生の表情に、どこか古代に飛んでいた私の意識が戻ってくる。
 同時に流れる冷たい汗。

「あ、はは……」
「今日も追加授業決定だな」

 それを聞いて私は目が覚めた。
 あぁ、アインシュタインの脳を1グラムでも分けてもらえたなら、私の人生変わったんじゃないだろうか。
 消しゴムを取ると、私は寝ぼけ眼で書いた意味不明の文字たちを消していく。
 追加授業、それは、この補習でもどうにもならなかった生徒が受けなければならない、ほぼ個人授業。
 もう、先生だって疲れるだろうから、いいんですよ、休んでくださいよ、私はかまいませんから。
 そんな謙虚な気持ちが聞き入れてもらえるわけもなく、私はよく追加をくらう。
 どうやら授業はもう終わるようで、かなりの時間、私は夢と現実の狭間をさまよっていたことになる。
 チャイムが鳴って、私の周りの生徒たちは、誰もが気だるい体をぐっと伸ばし、悪魔の時間から解放されたことに喜んで教室を後にする。

「そういえば、桜井。あの北原と仲良いんだって?」

 教室に先生とふたりきりになったところで、突然そんなことを聞かれてぎょっとした。
 クラスメイトの間ならともかく、先生たちにまでそんな話がまわってるなんて。
 ぶるぶると私は横に首を振った。

「どこに接点があるんだ?」

 いぶかしげに首を傾ける先生に、私もどうしたらいいかわからず同じように首をかしげた。

「さぁ。私にもわかりません」

 しいていえば、北原のトラウマの原因が私で、恨みをはらすかのごとく、アイツが私をいじめてるってことか。
 でも、そんなこと言えない。

「そうなのか? まぁ、そうかもな」

 少し私を見下すような変な笑い方をする。
 嫌な感じ。
 馬鹿な私には何にもわかんないだろうって言いたそうだけど。
 私には、本当は先生たちにもわからないようなことを知ることができるのよ。
 ……現在、使用禁止だけどね。
 あれから一週間、ホリちゃんとの約束は守っていた。
 
 私のチカラを使わない。
 川島くんのことについて、詮索しない。

 夏休み、川島くんは特別講習を受けていないのか、最近は見かけることがない。
 本当は、すごく気になってるんだけど、どうにもできない状況が続いてる。
 もちろん、生徒たちは終業式にあった爆発事件のことなど忘れてしまっただろうし、誰もが忘れようとしてるんだろう。
 これでいいのかな。
 学校が困るのは、私にとってどうだっていい。
 でも、もし誰かが傷ついたら。
 川島くんが、誰かを傷つけてしまったら。
 そうしない方法が、きっとあるはずだ。

「先生って、一年生の授業も持ってましたっけ?」
「ん? ああ」
「一組の…川島くんって、知ってますか」

 ふと先生の嫌な笑みが消えて、ほんの少しの沈黙のあと、先生は口を開いた。

「余計な噂を信じるなよ。桜井、おまえはとにかく勉強に集中しろ」
「え……」

 噂? 何のことだろう。
 目をそらし、課題のプリントを私の机に置くと、先生は教壇へと戻っていく。
 私はとっさに置かれたプリントに手を伸ばし、頭の中にある扉を開いた。
 ……ホリちゃん、ごめんなさい。
 
 そこに残っている今の先生の意識を探せ。

 先生がこっちを振り向くまでの一瞬で、どれだけのものを探せるのかわからないけど。
 集中するには目を閉じたほうがいいのはわかってる。
 けど、目を閉じてる間に先生がこっちを振り返ったら、また眠ってるって言われそう。
 あぁ、そんなことどうだっていいのに!

『所詮噂だ。事実じゃない』

 見つけた、確かな、先生の意識。

『川島のような面倒な生徒は、適当に理由をつけて退学させればいい。桜井はどこから川島の話を聞いた? 堀口先生か、それとも倉田か。いや、他の生徒からかもしれん。しかし、爆破予告のことは一部の教員しか知らないはずだ。時間はまだある。噂だ、噂にすぎん。あの時の被害者としてそんな噂を聞けば、川島のことが気になるのは当たり前だろう』

「桜井」

 呼ばれて顔を上げると同時に、探っていた糸がぷつりと切れる。
 そして、呆れ顔の先生と目が合った。

「まずはそれを自力で解いてみろ。それからだ」
「はい……」

 一応唇を引き締めて、真剣な表情を作って頷く。
 だけど、無論、問題に集中なんてできるわけなくて。
 爆破予告って……どういうこと?
 時間はまだある?
 次の予告がされてるってこと?
 ちらりと先生のほうを見ると、こっちを睨むように見つめたままで、私はすぐプリントに目を戻した。
 とにかく、さっさとこれを終わらせて、ホリちゃんに聞いてみなくちゃ。
 ん? いや、ホリちゃんに言ったら、この力を使ったことがばれちゃうし……。

 ……北原に相談しようか。

 嫌だけど、北原しか話せる相手がいない。
 頼る、なんて言葉は悔しくて使いたくないけど、仕方ない。
 過去のことはどうあれ、こんな腐れ縁、もう断ち切ってしまいたいのに。


back top next novel

home


Copyright(C) 2007 aoi narumi. All rights reserved.