Don't Touch! 2

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file5 「break through」


 ♥♥♥ うっとり ♥♥♥
 漫画だったら、彼女の顔の横にはそんな文字が書かれているに違いない。
 香奈は両手で例のブツを包み込むようにして、尚且つそれに頬を寄せ、虚ろな目をして空間を見つめている。

「かーなー……?」

 昼休み、昨日の一件で香奈には責められることを承知で教室に戻ってきたんだけど。
 どうやら何かが既に起こっていたらしい。
 反応しない香奈の目の前に立って、両手を振ってみるけど、焦点の合わないその瞳からして、どこかにトリップしてるんだろう。

「北原くん☆」
「………」

 やっぱり。
 そして、私はゲンナリ。
 だけどこの様子、私のあの泣き顔は見てないのかなぁ。
 北原、ちゃんとそのこと言ってないのかなぁ。
 私は香奈と向かい合って座ると、お弁当を広げる。

「あれ、しおりちゃん、いたのぉ」

 いつもに増して甘ったるい大袈裟な声で香奈が言う。

「うん、今来た」

 あくまでフツーに答えて、私はさっさと卵焼きを口に運ぶ。

「聞いて、聞いて、聞いて。今ね、北原くんが来たの。でね、私のケータイ返してくれて、それでね、もぉう、とにかく格好良いの! どうしよー、しおりちゃん!」

 今まで座っていたのに、感情の昂ぶりとともに立ち上がった香奈は、体を揺らしながらきゃんきゃん騒ぐ。
 冷たい目がいいとか、声が格好いいとか、顔もいいだのなんだの云々……。
 まぁ、対象の相手はともあれ、なんていうか、そういう気持ち、わからなくもない。

「まぁ、香奈、座ったら?」

 クラスメイトの視線が冷ややかで、一緒にいる私までちょっと恥ずかしくなってそう促すと、ぴたりと香奈の動きが止まった。

「香奈?」

 明らかに様子がおかしくて顔を見上げると、さっきまでぼんやりにやにやしていた香奈が、今にも泣きそうな表情に変わっている。
 胸の前で両手で握り締めている携帯電話。
 なんか、嫌な予感。

「しおりちゃん」
「は、はい?」
「私、フラれちゃった」
「へ!?」

 さっきまでのテンションはどこへやら。
 がっくりと肩を落として、香奈は気が抜けたようにイスに座った。
 手持ち無沙汰にケータイをぱかぱかしながら、上目遣いでこっちを見る。

「や、香奈、あのね、それは誤解なの、だから、ちょっと昨日はいろいろあって、それで」

 攻められる前に謝ろうと思ったのだけど。
 目の前の香奈は、何を言われているのか理解できないみたいに首をかしげる。
 そして、左右に首を振った。

「べつに、しおりちゃんのせいじゃないよ。しおりちゃん、写真撮ってくれたんでしょ? でも、北原くんが取り上げたって。こういうことされるのは好きじゃないって、きっぱり言われちゃった」

 拗ねた顔で、香奈は溜息をつく。
 私は、ケータイの中に自分の泣き顔があるかもしれないという不安もあったけれど、そんなことより、あまりにも優しさのない北原の言動に、少し腹が立った。

「ごめんね、香奈。……北原も、そんな言い方しなくたっていいのにね」
「ううん。北原くんの嫌なことした私が悪いんだもの。しおりちゃんが謝ることないよ」
「う、ん……」

 それもそうなのだけど。
 香奈がケータイを開くと、なにやら操作を始める。
 まさか、こっちにケータイを渡してもらってわざわざ写真を探すわけにはいかないし……どうしよう!

「はぁ。間違いでもいいから、写真残ってないかと思ったけど、やっぱりないや」

 悲しげに微笑むと、ケータイを折りたたみ、机の上に置く。
 そして、香奈もお弁当を広げた。
 このままハラハラしながらじゃ、せっかくのお弁当も食べた気がしない。
 私は思い切って口を開いた。

「その……」
「ん?」
「なんか、変な写真なかった?」
「え、どうして?」
「ああ、ううん、なければそれでいいの。その、ちょっと間違って撮っちゃったのがあったから」
「何もなかったよ」

 冷や汗をかきながら、あははと笑うけど、内心、すっごくホッとした。
 あんな写真、香奈が見たら、絶対変に誤解するに決まってるんだから。
 北原も、それならそうと、私にも教えてくれればいいのに。
 と、思ったけど、そんなことするようなヤツじゃないか。

「だけどね」

 香奈がミニハンバーグを口に運ぶと、にんまりと目を輝かせる。

「だけどね、私のケータイを北原くんが触って操作したんだって思ったら、それだけでシアワセなの」
「……はは」

 半ば呆れながら、私は箸をすすめた。

「でも、しおりちゃんだってそうじゃない? 例えば倉田先生が、しおりちゃんのペンをつかってくれたら、なんとなーく嬉しくない?」

 倉田先生の名前が出て、私はまだ十分に噛めてない、二つめの卵焼きを飲み込んで咽た。

「あ、アタリでしょー、ふふふ」

 何の返事もしてないのに、勘違いしてくれた香奈は悶絶する私を笑ってる。
 く、苦しい。
 喉も胸も詰まって、涙が出そう。
 はい、とわかったような顔で、香奈は私にバナナジュースを差し出してくれるけど、卵焼きにバナナは合わない気がして、私は首を振って断った。

「私ね、諦めないでがんばるんだ。北原くんに好きになってもらえるように」
「……ん」

 落ち着いたものの、何度も咽ながら、香奈にはがんばってねと声をかけた。
 香奈がそんなに想いを寄せるには、北原はもったいない相手だと思うんだけど、そこまでは言えないし。
 大きく息を吐くと、昨日の出来事が蘇ってくる。
 一晩眠ったら、忘れてしまうと思ったのに、そう簡単にはいかないみたいで。
 自分がやったことを後悔して、自己嫌悪に陥る。
 私は、香奈みたいに、振られてもガンバロウなんて気にはなれない。

「そういえば、しおりちゃん、気をつけたほうがいいよ」
「ん?」

 話が変わったようで、私も気を取り直して香奈のほうを向いた。

「もしかしたら、また学校内に爆弾が仕掛けられるかもしれないって」
「えっ……」
「美優から聞いたんだけどね、この先一週間以内って言ってたよ」

 噂好きのクラスメイト、美優はついにこの情報を聞き入れたんだ。
 私は香奈の話を真剣に聞くふりをしながら、これからどうしようかと思いをめぐらせた。


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